実施日:2018年3月17-18日
山域:北アルプス(扇沢〜針ノ木峠〜黒部湖〜ザラ峠〜立山駅)
形態:山スキー
メンバー:F田(H25卒)、K峰(会外)
2月のアイスクライミングに前後して、同じパートナーから「黒部横断しようよ」と持ちかけられ、漫然と行きたいなあぐらいにしか思っていなかった黒部横断スキーツアーが急遽現実味を帯びる。自慢できるほどの山スキー経験のない僕に行けるのかと、不安混じりつつ情報を集めていくと、「頑張れば」行けそうだ。滑降スキルよりもひたすらスキーで歩く体力とルートファインディングが肝心のようだ。たびたびお世話になっているH部さんにも相談すると、黒部横断に関するマル秘情報を多数もらえた。持つべき先輩は黒部横断に精通している優しい先輩に限ると、この時ほど感謝したことはない。
関西から信濃大町へは遠い。僕は車を持っていない。早めに仕事を終えて奈良の自宅へ帰り、20時過ぎに家を出る。大きな荷物を担いで近鉄特急で名古屋へ。深夜0時発の夜行バスに乗ると5時過ぎに信濃大町のとあるバス停に着くのだ。足掛け9時間の大移動である。
眠い瞼を叩くように、バス停では大粒の雨が降っていた。予報通りの雨による憂鬱さは、これも予想通りである。どの標高まで雨が降っているか? 融雪、雪崩の影響は? 行くか行かまいか逡巡している間にも行動時間が削られる。この山行は進むことが何よりも重要だ。停滞前線のモヤっとした空気の中、タクシーに乗り込む。
雨除けのない入山口ゲート前でタクシーから降ろされる。運ちゃんは「じゃ、気をつけてね!」と声を掛け、すぐに行ってしまった。みるみるうちに濡れて行く装備を急いで整え歩き出す。生ぬるい雨に包まれ先を急ぐ2人に、悲壮感の漂う余裕はなかった。
2時間弱の車道歩きののち、扇沢駅でパッキングをし直し、スキーを履いて沢筋を登り始める。あちこちにデブリが落とされ、先行きの不安さを増幅させる。
先々でデブリが道を塞ぐ
さらに1時間半ほど歩くとみぞれに変わってきた。マヤクボ沢との出合あたりからは完全に雪になるが、合わせて急激に下がる気温に、濡れていたザックはガチガチに凍りつく。吹きだまって急に深くなった雪を前に、念のためピットチェック。雪崩の危険は少ないことを確認し、針ノ木小屋まできつい斜面を息を切らして登る。
小屋からの針ノ木沢は出だしがクラストしているのでしばらくシートラで下降。斜度が緩くなったところでようやく板を履き滑ってみるが、2人ともスキーがたいしてうまくないので、下手な姿勢と重い荷物に足の筋肉が耐えられず、3ターンぐらして休憩の繰り返しで高度を下げる。たいへん汚いシュプールを描く。
ややもすると雪がきれ、しっかり水流のある窮屈な沢筋になってしまった。シートラしながら低い枝を掻い潜り、沢にドボンしないよう雪の踏み抜きに警戒し、飛び石を交えて黒部湖へ注ぐ本流に合流する。荷物は重い。こんなストレスフルな下降はかつて経験がない。
踏み抜き、引っ掛かり、板の着脱で発狂寸前
しかし合流してからがさらにストレスフル&ハードワークだった。水流こそ雪の下だが、入山数日前まで気温が高い日が続いたためか、両岸から推定3日前に発生した雪崩による大デブリ感謝祭。規模も大きいものが多く、平生の雪崩なら無事だったのだろう大木をもなぎ倒し、巻き込み、幾重にも無生物的に沢を塞いでいた。とても滑って降りられる様相ではなく、基本的に板を担いで進む。稀にデブリが切れて板を履くがせいぜい100m滑るのが関の山。すぐに板を脱ぐことを強いられる。この作業の繰り返しは体力的にもそうだが精神的にも負荷が高く、なにせ時間がかかるので、予定していた2泊で黒部を抜けられるのか怪しくなってくる。黒部湖以西もこのような状態でないと良いが…。
根こそぎなぎ倒す、容赦ない雪崩
黙々と歩き、日が傾き始めた頃にようやく沢幅がひらけデブリがなくなるが、今度は流れを覆っていた雪が割れ、右岸へ左岸へ辛うじて繋がるスノーブリッジを見出しヒヤヒヤしながら渡る。完全に切れているところでは沢から立ち上がる雪壁をスコップで切り崩して水位の低い水流に下り、飛び石で対岸に渡り、また雪壁を工作しながら乗り越えるなどした。山スキーのスキルより沢屋的なスキルが試されている気がする。
完全に日没を迎え、いい加減体力も底をついた頃に、地形から推察するにどうやら黒部湖を眼前に控える場所までたどり着いた。今日はもう十分だろう。翌日は朝イチで渡渉だ。
黒部横断の目立つポイントに黒部湖へ降り立つまでの渡渉があるが、 結果的に今回は不要だった。昨日に引き続きポイントを見極めて飛び石をした程度で、下半身の服を脱ぎネオプレンソックスでザブザブと渡るような箇所はなかった。氷の張った黒部湖はさぞ幻想的だろうと思い込んでいたが、あちこちで陥没し、コーヒー色の濁流が岸を流れ、北側を眺めれば静寂な光景だが南側は悍ましい有様だった。
黒部湖を渡り終えるとザラ峠へと中丿谷を詰め上がる。年によってはここの沢の入口が崩壊しており高巻きを強いられるらしいのだが、問題なく通過。既に数度崩壊しあべこべな雪面をしていたが、積雪や結氷でうまく道ができたようだ。デブリは出だしにしばらく連続するが、昨日のことを考えればもはや問題ではない。途中からひたすらシールで登高する。全く雲がない快晴の日にあって、非常に暑い。ただ昨日とは打って変わって全体のペースは悪くなく、この辺りからその日中の下山も視野に入ってきた。とは言っても荷物の重さと相まってこの暑さで非常に体力を消耗し、徐々にペースが上がらなくなってきた。
偽コルが続き、いつまでたっても景色が変わらない
暑い、黒部
ザラ峠に着けば当然のごとく強風に襲われ、たいして休む間もなく常願寺川の下降を開始。はじめ数十メートルはクラストしていたが、以降はやや斜度きついもののスキーで降りられそうだ。足がはちきれそうになりながらターンをし700mほどあっという間に高度を下げる。シュプールはやはり汚い。この辺りが今山行のハイライトで、カタツムリのような鈍行がほとんどのこの山行の中で、爽快なスピード感を噛み締めながら滑降した。
堤防が出始めてからは、そのややこしさと退屈さに記録を割愛したくなるような行動だ。初見では不可能にも思えるルーファイの難度。H部さんのマル秘ルーファイマニュアルがなければ途方に暮れていただろう。ほとんど斜度がないばかりか登り返しが結構多く、ストックで漕いで漕いで漕ぎまくる。見通しのつかない下流の様子を推察し右岸に左岸に右往左往。橋を渡りデブリを越え、橋を渡りトンネルを歩き、デブリを越え…楽しい山歩きとは程遠い。パートナーは漕ぎ過ぎで腕に力が入らなくなっていた。
ほとんどおしまいの頃にトンネルが
雪が切れ地面が剥き出しとなった。それと同時に日没を迎えた。街にはちらほら灯がついたのが見える。やっと立山駅が見えた。これほど嬉しい下山は初めてだ。山を歩く・登るというより横断するという作業的な要素が強く、ほとほと疲れ切ってしまったが、1泊で北アルプスを東から西へ歩き通した充実感は何物にも代え難い。
富山駅では意識朦朧とする中、ぼてやんで大盛りを食べる。(登山者のマナーですよ)
この後満腹で意識を失う